トランスレーションズ展 モヤモヤルーム公開終了の経緯について

2020年10月16日から、21_21 DESIGN SIGHT トランスレーションズ展で展示中の「moyamoya room」という作品の共同制作者である鈴木悠平氏が、2021年3月29日(月) NPO法人 soarの内部調査によって、複数人に対して加害行為を行ったことが明らかになりました。私は、突然のことで驚き、悲しみ、怒り、非常に困惑し、精神的に疲労しております。

作品の共同制作者である鈴木氏が、今回制作した作品の発するメッセージと真逆である人を傷つける振る舞いを行なっていたことは誠に遺憾であります。明確な被害者が発生している以上は、一番に被害者の方々の立場に立ち、この作品をこのまま展示し続けることは不可能と判断して、21_21 DESIGN SIGHTと展覧会ディレクターのドミニク・チェンさんと協議し、「moyamoya room」は、展示終了になりました。今後、穴の空く展示スペースのあり方に関しては協議中です。

以下に、本展覧会に「作家」として携わった観点で3つの意見を述べます。

 

1-制作と作品差し替えに至るまでの経緯

21_21 DESIGN SIGHTでの作品の制作依頼をいただいたのは2019年10月のことでした。展覧会ディレクターのドミニク・チェンさん率いる翻訳をテーマにした展覧会で、話の内容をリアルタイムにビジュアルに描き出すグラフィックレコーディングを活用した展示を行いたいとの依頼でした。21_21は私にとっては学生の頃からの憧れの場所ですし、ドミニクさんとは別の研究会でも何度かご一緒したことがあり、信頼できる探求の仲間であったので断る理由はなく依頼を受けました。

グラフィックレコーディングを軸とした展示内容を考える中で、ビジュアライズするための声を引き出すファシリテーターが必要となり、いくつかのプランを考えていたのですが、同年12月にドミニクさんより、共にsoar理事を勤めていた鈴木氏を紹介していただきました。鈴木氏とはここが初対面でした。

違うフィールドで活動してきたこともあり、お互い考えが違うところもあったかもしれませんが、本展覧会の「わからなさをわかりあう」のスローガンのもと、ディレクターのドミニクさん、鈴木氏、数名の制作メンバーと共に制作を行っていきました。作品制作を通して、私から見えていた当時の鈴木氏の姿は、あくまで、自らの生きづらさを見つめ、その体験を言語化し、周りの人々の支援を全力で行う信頼がおける人物でした。

しかし、2021年3月29日、先の加害の事実を前提とする解任処分の発表がなされ、さらにSNSでは、他の被害報告の声があがりました。この知らせと一連の動きにより、初対面から制作を通して1年かけて築かれた信頼は一瞬にして崩れていきました。作品に対して誠実であろうと対話を重ねた膨大な時間や想いを裏切られたような悔しさが溢れました。この作品においては、作家の生き方と乖離したコンセプトの表現は成り立ちません。率直に言って、鈴木氏の振る舞いにより「moyamoya room」という作品もこの瞬間に一方的に壊されたと感じました。

 

2-加害がもたらした影響について思うこと

信頼していた仕事仲間がある日突然誰かに加害を行なっていたことを知る体験は、直接的に加害を受けていないとしても大きなダメージが残るものです。特に今回制作した「moyamoya room」は、参加者が自分の持つ疑問や不安や違和感を、ファシリテーターである鈴木氏とグラフィックレコーダーである清水に預けて対話を行うプロセスを記録した作品でした。作品として成り立つように、信頼を構築するために様々なコミュニケーションを長い時間かけて重ねてきました。作品が壊され、今後の対応を行う負担だけでなく、制作に費やした全ての時間をズタズタに引き裂かれた苦しさがあります。

そういった苦しさで、限られた私自身の稼働時間、家族との生活時間もじわじわと奪われていくことは、あまり語られませんが、二次被害のひとつだと実感しております。今回、 鈴木氏が、NPO法人 soarの理事在任当時に引き起こした行為は、巡り巡って、私にも大きな影響をもたらしました。その意味で、私も間接的な被害者のひとりです。

そしてその影響は、私だけではなく、作品制作に携わっていただいた参加者、協力してくださったクリエイターの方、同じ空間で展示している作家の皆様、既に展覧会に足を運んで作品を見てくださった方、この作品に少しでも関わってくれた方にも及びます。多くの人々に様々な感情の渦が襲いかかり、少なからず平穏な時間を奪ってしまったことでしょう。人の心をインスパイアするための作品が、鈴木氏の行為によって真逆の負の感情を引き起こす体験になってしまったことは許しがたく、決してあってはならないことです。

そして、誰よりも大きな影響を受けていたであろう方は、勇気を振り絞り、声をあげた被害者の方々です。鈴木氏が本展覧会で作家として振る舞う姿勢や、この展示の存在を知って本当に辛い想いをされたと思います。自分を不当に傷つけた人物が、表層的に人の痛みに寄り添っている映像なんて、絶対に許せない空間であり、耐え難い屈辱と苦しみであるはずです。

私と鈴木氏とは偶発的な紹介によって出会い、私からは、鈴木氏の先の加害行為やそれに付随する様々な出来事は知り得なかったとはいえ、加害を知ってしまった今、作品を通して多くの方に影響を与えてしまったことは大変申し訳なく、心苦しく、自分の無力さを情けなく感じております。

 

3-ひとりの作家として思うこと

21_21 DESIGN SIGHT は『デザインを通じてさまざまなできごとやものごとについて考え、世界に向けて発信し、提案を行う場』とのことです。世界中の様々なレイヤーで分断が進み、コロナ禍でコミュニケーションの形が変わる今、デザインに求められる領域はどんどん広がっています。

その中にはジェンダー格差や、社会的な立場や権力を利用した加害をゼロにするなどの課題も含まれているはずです。この件が抱えている社会的構造に対して、デザインという技術を用いて行うことのできるアクションは色々な方法があると思います。今すぐに解決はできませんが、この件をなかったことにはせず、人生の中で信頼できる仲間たちと考え続けていきたいです。

正直なところ、個人的な怒りや苛立ちはまだまだおさまりませんし、突発的に負の感情が湧き上がることは否定できません。そして作品の一番近くにいたはずの共同制作者の作家が、なぜこのような行為に及んでしまったのか? 隠しきれないであろう事実を抱えたままなぜ制作を続けられたのか? 今も全く理解できません。

しかし、展覧会のメッセージである「互いの『わかりあえなさ』を受け容れあう可能性」という問いを掲げる展覧会に参加する作家である以上、考え続けていく責任があると考えています。なぜなら私にとって「作家」とは、自分の生き方と作品の表現が呼応しあう人こそが持つことのできる特別な肩書きだからです。

痛みも苦しみも不条理も、全て抱えきれないとしても何度でも拾い上げて、お互い置かれた立場への想像力での対話を心がけていきたいと思います。その姿勢と態度を保つことが、今回「作家」と名乗った私ができる唯一の行動なのだと感じています。

鈴木氏が本展覧会で作家と名乗ることにどのような覚悟を持って望んだのかは分かりませんが、 今回の作品に対しては作家と名乗る権利はもうありません。これが厳しいコメントか甘いコメントか、読む人にとっても考えが違うとは思いますが、今、現時点で共同製作者としての立場で、ここまでははっきりと言えます。

 

おわりに

本案件は、刑事や民事の訴訟の場ではなく、被害に遭われた方々のご申告と、NPO法人 soarの内部調査で明らかになったことです。これが今後、司法の場に進むのかも含め、詳細は私にはわかりません。ただ、今後この件に関して、第三者による憶測や推測に基づく不当な社会的制裁が課されることは望みません。また、本件に直接的・間接的に関係する方々のプライバシー・名誉に配慮し、これ以上の内容をインターネット上で議論・発信することも考えておりません。

本案件をリアリティショーのように消費して、更なる暴力を誘発することは避けたく、本案件が孕む社会的構造や課題のみを冷静に抽出して見守りたいと考えています。社会全体が光ある方向に進んで行くことは大変に困難なことですが、諦めて思考停止することなく少しづつでも模索していきたいです。

 

2021.4.14 清水淳子

 

 

 

 

About The Author
           

清水淳子 | shimizu junko

デザインリサーチャー / 情報環境×視覚言語の研究 / 2009年 多摩美術大学情報デザイン学科卒業後 デザイナーに。2013年Tokyo Graphic Recorderとして活動開始。2019年、東京藝術大学デザイン科修士課程修了。現在、多摩美術大学情報デザイン学科専任講師として、多様な人々が集まる場で既存の境界線を再定義できる状態 “Reborder”を研究中。著書に「Graphic-Recorder-―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書」がある。 twitter@4mimimizuでも日々色々と発信してます。