グラフィックレコーダーという肩書き

グラフィックレコーダーを名乗り始めたのは2013年春。

その時グラフィックレコーダーを名乗ってる人は日本にはいなくて、私は少しでもこの活動の持つ深い意味を伝えようと、「Tokyo Graphic Recorder」という看板を掲げた。東京という街の中で生まれては消えていく議論を観察して記録するメディアであること。そして小さな頃の思い出。「東京ディスニーランドは、千葉の舞浜にあるのに、なぜ東京なの?」と聞くと、大人たちは「千葉ディズニーランドじゃ世界に通じないし、カッコ悪いでしょ」と言われたことを思い出しながら、東京の持つ謎のグローバル感、オフィシャル感に少し力を借りた。

2013年から今まで、一見子供の落書きのように見える活動に秘められた物凄い可能性と危険性を伝えることに必死だった。その熱量と同じくらい、あちこちから、さまざまな誤解や議論もあった。私はその問いを全部真正面から受け止めて答えた。実践もして実証もした。その姿勢に「怖い」という印象を持つ人、「信頼できる」という印象を持つ人、色々な人とすれ違った。未熟だったと反省する気持ちもあるけど、あの時他にどんな対応があったのか?今考えてもよくわからないこともある。みんな忘れてしまったかもだけど、私は今もひとつひとつ考え続けてる。

そのカオスの中で、グラフィックレコーディングの本質的な価値を見抜く人たちとの出会いに本当に恵まれた。たくさんの議論を重ねることができたのは本当に幸運だった。私1人で頑張ったわけではないけど、ひとつの分野が広まる過程のリードの1人を体験できた感じはする。2013年に「グラフィックレコーダー」名乗った時から気を付けてきたことをメモしてみる


■実践を起点にする
→やってないことは理論にしない。全部やってみて確かめる

■想いだけを走らせない
→自分の理想の社会や関係性への想いは沢山あるけど、想いを実現する技術とセットで鍛錬する<

■センスと才能でまとめない
→どんな認知で何を考えて体を動かしたのかを言語化することを諦めない

■分野を独占しない
→音楽のように多様なミュージシャンが出現することを祝福する

■多様性を大事にする
→多様な文脈がある状態を維持する。

■わかりやすさを疑う
→安易なわかりやすさと単純化への違和感は大事にする。真正面から誠意を持って違和感を伝える。

■経済と関わる
→温室での仮説ではなく、仕事として実践する。見積もりも作る。そのお金で暮らす

■社会の流れと関わる
→今起きていること、今求められてることを題材に合わせて実践の場を作る

■個から発生する疑問を逃さない
→外側のニーズだけで動かない。個人だからこそ生まれる視点を守る。

■ジェンダーバイアスを観察する
→自分の中にある枠、誰かが投げてくる枠、両方に注意

■多分野との専門家と接続する
→デザインの枠だけで考えない。

■クロッキーとデッサン的な言語化
→瞬間的に感じたことを常に記録する。

■言語化を忘れる環境の用意
→言葉にすることだけをしてると硬くなる。

■クローンを作らない
→多様な進化ができる環境を心がける。


などなど、意外と多くて深い。
まだ全部わからないけど、こういった部分がここ数年で生まれた私の専門性かもしれない。

今や、グラフィックレコーディングこと「グラレコ」の世界は、誰でもビジュアリゼーションの世界に触れることのできる優しい玄関のようになっている。この玄関口の出現は、今まで、ビジュアル言語を使うことを過度に抑制された社会への反動の現れのように思う。

グラフィックは [プロが使うもの/大人は絵で伝えてはいけない] という抑圧が、ビジネスシーンでも活用されている「グラフィックレコーディング」という形式に流れ込み、選ばれた誰かだけでなく、誰でも描く世界への扉が少し開いた。それは、誰もがデザイナーとなって身の回りをクリエイトをする北欧で起きている新しいデザインの潮流 Co-design の世界観の理想の姿のビジュアル版プロトタイプにも見える。

しかし、グラフィックレコーディングは、対話の場を作るためにある方法のひとつに過ぎない。微妙に影響力ある私が、この方法だけを特別に広めることはフェアじゃない気がしてきた。情報の扱い方はグラレコ以外にたくさんある。そして、グラレコを勉強するためには、グラレコだけを見せてても深まらない。グラレコ以外の勉強が山ほど必要である。それなのに「グラレコ」に憧れて、グラレコで思考停止してしまう人が増えてしまったら元も子もないような気がしてきた。

そこで、SNSの自己紹介から「グラフィックレコーダー」という肩書きを消した。グラフィックレコーディングの活動や探求を辞めるわけではないけど、グラレコ主軸で私のクリエイティビティが駆動しているように見えることを辞めようと思った。その代わりに、自分の根底を司っている複雑なデザインの技術や哲学のストーリーを語る時間を増やそうと考えてる。

私はグラフィックレコーダーではなく、社会の中で、視覚言語と情報環境の新しい関わり方を生み出せる人を増やしていきたい。

それが、どんな方法かはまだわからないけれど、これからも新しい対話のためのインターフェースを考えて探求していきたいと感じている。何かひとつの技術や方法論が陳腐化せず、マニュアル化せず、権威化せず、単純化せず、社会の中で生き生きとみんなが使い続けることで磨き上がるような環境はとても難しい。だけどそこを探求したい。

自分にとっての「デザイン研究」とは、こういうことがベースにありそう。ってことが少しづつ見えてきた最近。

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About The Author
           

清水淳子 | shimizu junko

1986生まれ。2009年 多摩美術大学情報デザイン学科卒業後 デザイナーに。2013年Tokyo Graphic Recorderとして活動開始。2019年、東京藝術大学デザイン科修士課程修了。現在、多摩美術大学情報デザイン学科専任講師として、多様な人々が集まる場で既存の境界線を再定義できる状態 “Reborder”を研究中。著書に「Graphic-Recorder-―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書」がある。 twitter@4mimimizuでも日々色々と発信してます。